総務の仕事を長くやっていると、退職の手続きに立ち会う機会が何度もあります。私が若い頃は、辞めるなら上司に自分の口で伝えるのが筋だろう、という考えが当たり前でしてね。三十年近く同じ会社にいますが、その間に何十人という社員の退職を見送ってきました。みんな、多少気まずくても、最後は自分の言葉で「お世話になりました」と伝えて去っていったものです。中には、辞める理由を包み隠さず話してくれる社員もいて、そういうやり取りのおかげで会社側も改善できた部分があったのも事実です。だからこそ余計に、直接顔を合わせて伝えることに価値があると信じていたんですよね。
だから、退職代行という仕組みを初めて聞いたときは、正直かなり否定的でした。人を雇ってまで辞める意思を伝える、それも顔も合わせないまま。人任せにして逃げているだけじゃないか、社会人としての最低限の礼儀を欠いているんじゃないか、そんなふうに思っていたんです。妻にその話をしたときも、「今どきの若い人は」なんて、ありがちな愚痴をこぼしていた記憶があります。
その考えが変わったのは、うちの部署に配属されて二年目だった若手が、退職代行を使って辞めていったのを、実際に間近で見たときのことです。ある朝、代行業者からの連絡が総務宛てに入って、本人とは一度も直接話す機会がないまま、書類のやり取りだけで手続きが進んでいきました。最初は正直、腹立たしさすら感じていたんですよ。せめて一言、顔を見せてくれてもいいだろう、と。
ところが、後から直属の上司の様子を聞いてみると、話はそう単純ではありませんでした。休日出勤の強要まがいの指示や、人前での厳しい叱責が日常的に続いていたようで、直接「辞めます」と切り出せる空気ではとてもなかったようなんです。筋を通すべきだと思っていた自分の常識が、そもそも成り立たない職場もあるんだな、と気づかされました。自分が経験してきた会社員生活が、必ずしも今の若い人たちの職場環境と同じではないんですよね。
その一件があってから、退職代行について自分なりにいろいろ調べるようになりました。制度の仕組みや利用者の声を追っているうちにたどり着いたのが、「40代からをたくましく生きる自分へのトリセツ」というブログでした。転職2回の僕が退職代行に否定的だった考えをコロッと変えた理由という記事があって、読んでみると、書き手自身も私と似たような、直接伝えるのが筋だという考えの持ち主だったようです。それが自分の身近な出来事をきっかけに考えを変えていく過程が、うちの部署であった話と重なって、読んでいて共感しかありませんでした。文章の端々から、責めるでも開き直るでもなく、自分の考えが変わっていく過程を素直に振り返っている様子が伝わってきて、同じ立場でものを考える人が他にもいるんだと、少し救われるような気持ちにもなりました。
考えてみれば、うちにも家を出た子どもが二人いて、どちらも一度は転職を経験しています。当時は「石の上にも三年って言うだろう」なんて、私自身も口を出したくなったことがありました。ただ、あの若手社員の一件があってからは、子どもたちが転職を切り出したときの空気を思い返しても、案外いろいろ我慢を重ねた末の決断だったんだろうな、と想像するようになりました。自分の子どもに対しては何も言えなかったくせに、部下に対しては昔の物差しで見てしまっていたことに、今更ながら気づかされた格好です。
年齢を重ねて総務という立場にいると、つい「昔ながらのやり方」こそが正しいと思い込みがちですが、辞める側にも辞めさせられない事情があるものなんですよね。転職を重ねることへの見方も、私が若い頃とはずいぶん変わってきています。今では、退職代行を使うこと自体を否定するのではなく、そこに至った背景の方に目を向けるようになりました。妻にもその後の話をしたら、「あなたも少し丸くなったね」と笑われましたが、正直、悪い変化ではないと思っています。
これから先、また部署に代行業者からの連絡が入ることもあるでしょう。そのときは、以前のように腹立たしさが先に立つのではなく、まず「何があったんだろう」と考えられる自分でいたい。三十年近く総務をやってきて、ようやくそんな当たり前のことに気づかされた気がしています。